Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

指の先から破壊光線

月曜の朝までに考えておくこと

プレゼントには才能が必要

研究室にパソコンを置きっぱなしにする生活を始めて、そろそろ不便を感じている人です。家用にタブレット買おうかな、とか考えています。ひとまず、これまで申し訳程度に続けていたブログが更新しづらくてどうしようもないので、スマホからも書けるはてなブログについに手を出してしまいました。
はじめてのひとも、そうでないひとも、あらためてこんにちは。
 
 
 
先週の考え事はこれでした。
「人にプレゼントしようと思って、満足いく結果になったことがあんまりない。」

f:id:saharasabaku:20161012174141j:image
 
友人に誕生日プレゼントを贈ろうと思っています。といっても彼女の誕生日は春で、とっくに過ぎてます。突然プレゼントを送りつけるのは趣味じゃないし、かといってあんまり遠くに住んでるから会って渡すわけにもいかないし、お盆休みにも会えなかったし、逃しに逃してもう一年の三分の一も経ってしまいました。全然ばかにならない。だいたい、送料を払うくらいならそのお金でもっといいものを買いたい。
 
そんなわけで、なにか贈りたいなあと思いながらも、今までずるずるとプレゼントを買わずにいたんだけど、今度急に会うことになりました。来年まで待たずにプレゼントする機会を得て、プレゼント好きな(あげるのも、もらうのも)私は、よくわからないけどすごく元気になりました。
 
でも、ここで大事なのが、プレゼントが好きだからってプレゼント選びの才能に溢れてるかっていうと、全然そうでもないってところ。そうでもないどころか、私はそういう才能のかわりに、自分が面白いと思ったものを人に勝手に贈りたくなる、困った人に生まれてしまっています。
 
世の中、私とは反対に見立てが上手な人というのがいて、そういう人にもらうプレゼントはうれしい。自分がほしいとはっきり認識したことがないものでも、もらった瞬間「あ、これほしかったんだ」ってつい口からこぼれ落ちたりします。自分で買ったものより似合ってたりもします。すごい。私もああいう人になりたい。
と、思ってました、最近までは。
 
最近、ああいうのは才能であって、あとから身につけようと思ったってほとんどできないと気付きました。もう何年も人にプレゼントを贈っていて、ちっとも上手にならないのですよ、プレゼント選びが。どうもそれは私に限った話じゃなくて、プレゼント選びが比較的上手じゃないと思われる人で、のちのち上手になった人を私は知りません。それで、なにが似合いそうかとか、好きそうかとか、そういうのを細かくキャッチするのはきっと才能なんだなあと考えるようになったわけです。
 
才能だったらしかたないので、これからも私は私が好きなものを人にプレゼントすることにしました。プレゼントなんていうのは、人に喜んでもらえるかなあと思いながら選ぶ、その気持ちこそが大事だとどこかの偉い人も言っていると思います。
 
世の中の人がもっとプレゼントに対する意識が低くなったら、才能がないのにプレゼントしたがる人も、才能のない人にもらったプレゼントに困る人も、少なくなっていいのにな。