指の先から破壊光線

月曜の朝までに考えておくこと

精神衛生上よくないことのいくつか

たとえば、目が覚めているのにベッドから起き上がらないまま昼を迎えてしまった休日とか、お風呂に入ろうと思っていたのにゲームがやめられない夜とか、そういうこと。

 

たぶんそれ自体はそんなに悪いことじゃないんだと思う。私の精神力がちょっと弱めというだけのことで、それも直した方がいいには違いないけど、わたしがやりたくないことをやらずにすんでいるんだから考えようによってはいいことのような気もする。

 

ただ、これには手放しで喜べない大きな欠点があって、「これはわたしのやりたいことじゃない」っていう気持ちが出てきてしまう。やりたくないことを先延ばしにすればするほど、その気持ちはどんどん育って、わたしはどんどん悲しくなってくる。やりたくないことをやらない自分が悪いんだけど、やりたくないことはやりたくないのだ、どうしても。

 

で、昨日の夜も嫌になってしまった。お風呂に入って、早く寝ようと思ってたのだけれど、それは確かで間違いないのだけれど、わたしは寝なかったのだ。歯磨きもしなかったし、お風呂にも入らなかった。白いメモ紙を引っ張り出してきて、めったにしないらくがきをしていた。月曜日から学校にいかなければいけないという事実と向き合いたくなかったからだ。

 

鉛筆を握っている間は楽しかった。紙をだいたい埋めて、鉛筆を置いたところで、一気に虚無感が襲ってきた。わたしはいったい二時間もの間、生産的somethingを一切せずに何てことをしていたんだろう、と思ってしまった。思わなければ平和だったのに。

 

最近になってようやく、やりたくないことを先延ばしにするのはよくないと実感しはじめた。それは賢い人ならきっと、夏休みの宿題を最終日に泣きそうになりながら終わらせようと頑張ったときに気づくことなんだろうと思う。あるいは、賢い人は宿題を最終日まで持ち越すなんてことはしないのかもしれない。わたしはちょっとおばかさんだったんだろう。

 

決意の話を先週したけど、新たな決意を書き足しておくことにする。後悔をしない、もっと言えば、後で後悔するとわかっていることをしない。たとえば、お風呂は日付が変わる前に入っておく、とかね。

決意することについて

四月になった。「なにかあたらしいこと」を始めたくなる月ランキング、第二位の月である(わたし調べ)。

第一位は一月(わたし調べ)。一っていい数字だと思う。あんまり縁がないけど。

 

大学を卒業して、大学院生になった。これの意味するところは、「まあ、学部生だからね、ゆっくりでいいよ」という教授のありがたいお言葉がもらえなくなる、ということである。困ったことになった。一年間の成長はあまりにゆっくりで、昨日のわたしと今日のわたしはほとんど変わらないように見える。

 

大学生のわたしはわあわあ言いながら、自分でもなにをやったのかわからないデータをまとめて、自分でもなにを言ってるのかわからない文章にして、自分でもなにが知りたかったのかわからない結論を出して、とりあえず論文のような体裁にしたWordファイルを教授に提出した。それを今、大学院生のわたしが修正しながら、なにがやりたくて言いたくて知りたかったのか考えている。

 

そして、今年こそもっと考え深い人間になろうと心に決める。今まで何回も繰り返してきた決意である。

 

決意することはけっこう簡単だと思うけど、それを実行するのはなかなか難しい。言えば言うほど叶わなくなるような気がしてくる。思慮深い人間にとか、運動を始めるとか、断捨離するとか、なんでも。

 

なので、とりあえず今年の目標は、規則正しい生活と、決めたことを続ける、にしたいと思う。早寝早起き朝ごはんは大事なことだったんだな、と今になって痛感している22歳学生である。

ロイヤルブルーに憧れて

お気に入りの真っ青なニットを、ひっかけて着れなくしてしまった。糸が出た、とかそんなんじゃなくて、もうどうしたらこんなになるんだ、と思うくらいひどい破れ方をした。背中の真ん中に、縦に伸びた大きなかぎ裂き。

 

とても悲しかった。その日は出かける気にならなくて、学校をおやすみしようかと思った。ロイヤルブルーの、タートルネックのニット。すごく好きだったのに、お別れはあっけない。

 

どうしてもその形のその色がほしくて、次の週末から探し歩いた。でも見つからなくて、だんだん諦めがついてくる。今年のトレンドは残酷だった。ハイネック、ゆるニット、テラコッタカラー。天下のUNIQLOにもないなんて、貧乏学生はいったいどうやってロイヤルブルーを探せばいいのだ。アマゾンに住んでる鳥みたいな洋服はもうどこにもない。

 

ロイヤルブルーはついに見つからないまま、冬は去ろうとしている。私は途方に暮れた。そもそもロイヤルブルーが似合う顔なのかどうか知らないけど、それでも欲しかった。ないものを手に入れることはできない。

 

最近パーソナルカラーとかいう言葉をよく聞く気がするけど、自己診断するとだいたい真っ青とか真っ赤とか真っ黒とかが似合わないタイプっていう結果が出る。悲しい。誤診だったらいいなと思うので、お金貯めて百貨店のおねえさんに見てもらおうかなと考えている。

 

ロイヤルブルーのニットになんとか諦めをつけることができた今(完全には諦めてない、五年後くらいにまた流行するのを待ってる)、欲しいものは白かシルバーのピンヒールと紫のアイシャドウ。たぶん似合わないんだけど、人間ってひょっとして自分には似合わないものに憧れるようにできてるんですかね。

 

書いてて思ったけど、憧れるってなかなかない響きな感じがする。あこがれる、には焦がれるきもちがある。

ノートあれこれ

溜め込んでいた大量の紙袋が役に立った。こないだの土曜日のことである。

 

オーケストラのチラシとか、案内の手紙とかハガキとかを運ぶのに使われたっていうだけのことで、今は全部手元に戻って来ているのだけど、その中に「Francfranc 2013」と書いてあるものがあって笑われた。普通は捨ててしまってとっくにないよ、と言われたのだけど、まあそれもそうかと思った。柄が気に入ってて、捨てられないからここにあるんだけどね。

 

 たくさんの紙袋を持って行ったけど、その中に無地の紙袋はなかった。普通の、茶色のクラフト紙全開のやつとか、お菓子屋さんのスタンプが押してありそうな白いやつとか、一枚もなかった。あるのは、カラフルなイラストが描いてあるやつと、凝ったロゴがでかでかと見えるつるつるのショップ袋ばかりだった。どうも、無地の袋は興味がないから、みんなと同じように捨ててしまったらしい。

 

派手好きなのである。真っ赤なカーディガンと真っ青なニットと真っ黄色のトレーナーを順番に着てハッピーになるとか、気に入って買ったカバンが金色とか、まあいろいろあるけど派手な色柄が好きなのである。北欧のテキスタイルとか、インドの置物とか、そういうのを眺める旅行がしたいのである。

 

そんなわけでカラフルなファイルとか筆箱とかマグカップとかでまとまりのないデスクの上に、飾り気のないノートが並んでいる。ノートだけが、茶色い表紙の無地。筆箱の中身も赤とか緑とかなのに、ノートだけが地味。中身も点がついてたりするやつじゃなくて、罫線しかないやつ。

 

ノートはシンプルなほうがいいなあ、というのは、上手にノートが取れない人間だからこそなのかもしれない。ノートの書き方のルールを決めても忘れちゃうから、点々がついてる必要ないな、とか、日付も時間も好きなところに書きたいから専用の欄がなくてもいいや、とかで欲しい機能がどんどんシンプルになっていく。イラスト書くには無地が一番いいのかも、まで行きつきそうになったけど、字が下手でどんどん大きくなりそうなので、7mm罫線だけは守っている。

 

ノートは見るたびにいろんなサイズがほしくなってしまうんだけど、これ以上ものが増やせないと思って我慢している。どうせ増えても茶色だしなあ、と思いもする。

コマーシャルすごいよねの話

定期ツイートのやり方を調べた。なんかそういう、botによるツイートをしてくれるサービスがあって、検索して登録した。それで、電子書籍と、ちょっとずつ更新している小説の宣伝をした。

 

宣伝、したほうがいいですよ、と言われたからである。そう言われて初めて、私が宣伝をしていないことに気付いた。もちろん電子書籍が出た時には宣伝した。今まで無料で、いつでもどこでも誰でも読める形で浮遊していた私の趣味を、電子書籍としてまとめて読むためにお金を払ってもらう商品にしてくれた人のために、それでごはんを食べている人のために、あとこれをきっかけに読んでくれる人が増えるならそれはそれで嬉しいので、こんなんあるよ読んでねって宣伝した。ニュースにも名前が出た。思ってたよりもたくさんの反応があった。

 

それで、満足した。ほんとはたぶんここで満足しちゃいけなかったというか、いけなかったわけじゃないけど、自分の仕事は果たした感があった。それ以上の努力を積まないまま、二年が過ぎた。基本忘れっぽい私である。

 

電子書籍のリリースくらいから、文章を書くいろんな人とTwitterで知り合うようになった。一人で書いてればいいやと思っていたので、あちこちでリプライが飛び交うタイムラインや、ポコポコいうリツイートとかふぁぼ(あの星が額縁の中に飾られるようになって久しい)とか、めっちゃ新鮮だった。みんなつながっていた。そしてみんな、宣伝していた。自分の作品も、自分が好きな作品も。

 

新しい小説書いた時は宣伝すればいいんだ。イベントに出る時は宣伝すればいいんだ。ちょっとずつ宣伝できるようになった。昔書いたものも、修正入れたらもっかい宣伝していいんだ。続きものの新しいページも、増えたら宣伝していいんだ。

 

リンク付きのツイートが増えた。そして、冒頭の定期ツイートである。何日か前に登録したけど、人の定期ツイートって私はあんまり読んでないなって思った。同じ文章何回も流さなくていっか、と思って、もう登録はやめにした。週一更新のこのはてなブログみたいな、もっと頻繁に人に見てもらえるものを宣伝がわりにしようと思って、ちょっとずつ小説をツイートしている。この週末は引越しで忙しくて書いてないけど、なるべく毎日書こうと思って、三日坊主なりに頑張っている。#twnovel と #ドーナツ のタグを両方付けてるので、気が向いたら見てください。まだ六個だけどリプライし続けているので、どれか一個探せたらツリーになって全部見れるはずです。

 

全然関係ないんですけど、私が体調悪くしてると同居人がかぜ薬とか持ってきてくれる。それで私が錠剤飲んでると、「おくすりのめたね」のCMソングを歌う。私だけじゃなくて、自分が薬を飲んだ後も歌っている。何回見ても視界からシャットアウトされない、記憶に刻み込まれるタイプのコマーシャルはすごいな、って思う。そういう宣伝がしたい。