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指の先から破壊光線

月曜の朝までに考えておくこと

靴下の話

この間引っ越しをして、前よりも断熱のいい部屋に住んでいる。

 

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ここのところ、日に日に暖かくなっているので、そろそろいいかなと思ってスリッパをしまった。毛足の長い、ふわふわでもこもこした冬用スリッパは、もう履かなくてもそんなに寒くない。それはいいのだけど、夏用のスリッパを買うのを忘れ続けているので、そのうち買わなくちゃいけない。

 

夏用のスリッパに求めることはいくつかあるけど、一番大事なのははだしで履いても気持ち悪くないこと。靴下嫌いとしては、家にいるときに靴下を履いていたくないので、スリッパははだしで履くものになってしまう。できれば冬も家に帰ってきたら靴下を脱ぎたいけど、それをしていたら家の中で霜焼けになりかけたので、やめた。

 

靴下が大事なのはわかっている。靴下なしで靴を履くのはちょっと信じられないし、疲れやすい足をサポートしたり靴擦れを防いだり、ちゃんと考えられている。でも嫌いなものは嫌いなので、履きたくなければ履かなくてもいい季節が待ち遠しくてたまらない。早く夏になってほしいし、毎日サンダルで出掛けたい。もっと言うと、インソールが合成皮革っぽいサンダルもそんなに得意じゃないので(そんなサンダルしかないけど)、毎日草履で過ごしたい。

 

暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷え込むし雨も降る。寒帯から来た留学生もまだ靴下ははいているので、私もまだ靴下はしまわない。結局、こっちがどんなに嫌いでも、靴下が私の快適な生活をサポートしてくれている限り、私は靴下を買い続けざるをえないのだ。

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食べる

ここ数年というもの、食べられる量が目に見えて減っている。

 

一般的なやる気のない学生の一人暮らしなので、外食の回数はもちろん実家にいたときより格段に多い。そうすると、自分が食べたいものを食べられるだけ作ればいい自炊と違って、いつ行っても決まった量の料理が出てきて、嫌でも足りないとか多いとか考えることになる。

 

大学に入学したての頃、先輩に連れて行ってもらった信じられないほど大きい丼ものを出すお店がある。男子大学生というのはとにかくよく食べる生き物らしくて、新入生はその実態も知らずに連れて行かれてめちゃくちゃびっくりするし、たぶんそれを面白がるために連れて行くんだと思う。いわゆる「洗礼を受ける」というやつである。

 

十八歳だったわたしは、「まあ女の子だしね、様子見でね」と言われてその店で一番小さい丼を注文した。それでも、出てきた皿は自分の顔より大きかった。実家で飼っていたメダカのスイレン鉢を彷彿とさせるサイズだった。

 

そして食べきったわたしは、「ちょっと足りないです」と言った。たぶんあれがわたしの最盛期だった。今ではそのサイズを食べきるのにすら苦労している。

 

かつて食べられた量が食べられなくなるというのは、なかなか悲しいものがある。かわいいかよわいキャラならまだいいけど、こちとらお調子者のおもしろ枠女子である。食べきれな~いなんて柄じゃないのである。

 

もともと食べることにあまり興味がないので、どうせ量は入らないのだと思うとますます何を食べていいかわからなくなってしまった。友達に誘われてごはんに行っても、昔は余裕で食べきれた量がとてつもなく多く見えることにある種の絶望を感じながら食べなければいけないと思うと時々ちょっとつらくなる。何も考えずに食べるのが正解なんだろうな、と思いながら、今日の晩ごはんを考える毎日である。

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精神衛生上よくないことのいくつか

たとえば、目が覚めているのにベッドから起き上がらないまま昼を迎えてしまった休日とか、お風呂に入ろうと思っていたのにゲームがやめられない夜とか、そういうこと。

 

たぶんそれ自体はそんなに悪いことじゃないんだと思う。私の精神力がちょっと弱めというだけのことで、それも直した方がいいには違いないけど、わたしがやりたくないことをやらずにすんでいるんだから考えようによってはいいことのような気もする。

 

ただ、これには手放しで喜べない大きな欠点があって、「これはわたしのやりたいことじゃない」っていう気持ちが出てきてしまう。やりたくないことを先延ばしにすればするほど、その気持ちはどんどん育って、わたしはどんどん悲しくなってくる。やりたくないことをやらない自分が悪いんだけど、やりたくないことはやりたくないのだ、どうしても。

 

で、昨日の夜も嫌になってしまった。お風呂に入って、早く寝ようと思ってたのだけれど、それは確かで間違いないのだけれど、わたしは寝なかったのだ。歯磨きもしなかったし、お風呂にも入らなかった。白いメモ紙を引っ張り出してきて、めったにしないらくがきをしていた。月曜日から学校にいかなければいけないという事実と向き合いたくなかったからだ。

 

鉛筆を握っている間は楽しかった。紙をだいたい埋めて、鉛筆を置いたところで、一気に虚無感が襲ってきた。わたしはいったい二時間もの間、生産的somethingを一切せずに何てことをしていたんだろう、と思ってしまった。思わなければ平和だったのに。

 

最近になってようやく、やりたくないことを先延ばしにするのはよくないと実感しはじめた。それは賢い人ならきっと、夏休みの宿題を最終日に泣きそうになりながら終わらせようと頑張ったときに気づくことなんだろうと思う。あるいは、賢い人は宿題を最終日まで持ち越すなんてことはしないのかもしれない。わたしはちょっとおばかさんだったんだろう。

 

決意の話を先週したけど、新たな決意を書き足しておくことにする。後悔をしない、もっと言えば、後で後悔するとわかっていることをしない。たとえば、お風呂は日付が変わる前に入っておく、とかね。

決意することについて

四月になった。「なにかあたらしいこと」を始めたくなる月ランキング、第二位の月である(わたし調べ)。

第一位は一月(わたし調べ)。一っていい数字だと思う。あんまり縁がないけど。

 

大学を卒業して、大学院生になった。これの意味するところは、「まあ、学部生だからね、ゆっくりでいいよ」という教授のありがたいお言葉がもらえなくなる、ということである。困ったことになった。一年間の成長はあまりにゆっくりで、昨日のわたしと今日のわたしはほとんど変わらないように見える。

 

大学生のわたしはわあわあ言いながら、自分でもなにをやったのかわからないデータをまとめて、自分でもなにを言ってるのかわからない文章にして、自分でもなにが知りたかったのかわからない結論を出して、とりあえず論文のような体裁にしたWordファイルを教授に提出した。それを今、大学院生のわたしが修正しながら、なにがやりたくて言いたくて知りたかったのか考えている。

 

そして、今年こそもっと考え深い人間になろうと心に決める。今まで何回も繰り返してきた決意である。

 

決意することはけっこう簡単だと思うけど、それを実行するのはなかなか難しい。言えば言うほど叶わなくなるような気がしてくる。思慮深い人間にとか、運動を始めるとか、断捨離するとか、なんでも。

 

なので、とりあえず今年の目標は、規則正しい生活と、決めたことを続ける、にしたいと思う。早寝早起き朝ごはんは大事なことだったんだな、と今になって痛感している22歳学生である。

ロイヤルブルーに憧れて

お気に入りの真っ青なニットを、ひっかけて着れなくしてしまった。糸が出た、とかそんなんじゃなくて、もうどうしたらこんなになるんだ、と思うくらいひどい破れ方をした。背中の真ん中に、縦に伸びた大きなかぎ裂き。

 

とても悲しかった。その日は出かける気にならなくて、学校をおやすみしようかと思った。ロイヤルブルーの、タートルネックのニット。すごく好きだったのに、お別れはあっけない。

 

どうしてもその形のその色がほしくて、次の週末から探し歩いた。でも見つからなくて、だんだん諦めがついてくる。今年のトレンドは残酷だった。ハイネック、ゆるニット、テラコッタカラー。天下のUNIQLOにもないなんて、貧乏学生はいったいどうやってロイヤルブルーを探せばいいのだ。アマゾンに住んでる鳥みたいな洋服はもうどこにもない。

 

ロイヤルブルーはついに見つからないまま、冬は去ろうとしている。私は途方に暮れた。そもそもロイヤルブルーが似合う顔なのかどうか知らないけど、それでも欲しかった。ないものを手に入れることはできない。

 

最近パーソナルカラーとかいう言葉をよく聞く気がするけど、自己診断するとだいたい真っ青とか真っ赤とか真っ黒とかが似合わないタイプっていう結果が出る。悲しい。誤診だったらいいなと思うので、お金貯めて百貨店のおねえさんに見てもらおうかなと考えている。

 

ロイヤルブルーのニットになんとか諦めをつけることができた今(完全には諦めてない、五年後くらいにまた流行するのを待ってる)、欲しいものは白かシルバーのピンヒールと紫のアイシャドウ。たぶん似合わないんだけど、人間ってひょっとして自分には似合わないものに憧れるようにできてるんですかね。

 

書いてて思ったけど、憧れるってなかなかない響きな感じがする。あこがれる、には焦がれるきもちがある。